旅する猫の通信局 ~ クロネコナイフ official web site ~ 

寂しい歌を優しく歌う、孤独のメルヘン弾き語り。 クロネコナイフ 鈴木涼 の 公式ブログです。

♫ welcome ♫
孤独の弾きたがり、「クロネコナイフ」。
メルヘンチック・ソングライター 鈴木涼 の 公式ブログへようこそ!!


「哀しいことは、小さな歌にして。」     クロネコナイフ 入魂のアルバム 
「夜明けのプレリュード」
夜明けのプレリュード
地味に世間様 絶賛☆発売中!!     ダウンロード版はこちら


作曲・編曲作品は↓のサイトでお聞きいただけます。



soundcloud
OK Music

いまもポケットにショパン

秋の夜長に、まさかの漫画一気読み!!

しまったなぁ・・・の昨日でした。

まぁ、たまにはそんな日もいいじゃないっ。(いつもか・・・)


お相手は、くらもちふさこ の名作 「いつもポケットにショパン」。


音楽を通して、少女の成長と少年の苦悩が描かれる、80年代の傑作だ。

ぼくにとっては、小学校のとき、親の本棚から引っ張り出して読んだ、思い出の作品でもある。

実家が引越しをするときに、書籍類を一気に整理したことがあって、
たしかその時処分してしまったので、長く読み返すことの出来なかった、
僕の「もう一度読みたい漫画ベスト5」のうちの一つだ。(残り4つはおいおい紹介したい)



本当は、もっとじっくり読むつもりだった・・・。
でも、とりあえず冒頭だけでも読んじゃおう、と第一巻を紐解いたのが最後、
面白い面白い、ページをめくる手が止まらない!!

一応、大筋の話は覚えていたのだ・・・・だけど、いや、だから、
「次はどうなるんだっけ」
「ああ、こうだったこうだった」
「あれ、こんなのあったっけ」
「出た! 名ゼリフ!!」
と、まるで初めて読んだときの僕と会話をしているみたいで、
あのマンションの間取りすらこのワンルームに甦る思いだった。


あの頃と同じところでハラハラしている、同じところで涙し、
そしてあの時は気づかなかった表情にドキリとして、
もしかしたら・・・・と今だからこそ頭をよぎる可能性・・・

「おばちゃま」の麻子への優しさは、本当に嘘だったのか。
だって発表会後、母親に酷く叱られた麻子が泣きついてきたときの、
あのおばちゃまの顔・・・。
小学生の僕は、気にもとめていなかったけれど。

隣で一緒に読んでいた幼い僕と、感動が食い違ったところ・・・・それが僕の17年分だ。

そして変わらない感動は、本当に変わらない。

クライマックス、あのピアノソナタ第三番を弾きはじめる刹那のモノローグ、
「すごい速さでよみがえる」・・・・そのカット割り、手の動き、間合い、
全て、「覚えていた!」と感じたときの驚きと嬉しさ・・・。

この漫画を子供時代に読めたこと、そして今ふたたび読めることを、心から喜んだ。


それにしても、いつもポケットにショパン・・・・改めて、なんて響きの良いタイトルだろうと思う。
「ショパンなんて名前の人がいるんだ」って、
ここで初めて知った程度の小学生にも、なんとなく詩的な雰囲気がしたものだ。
それは、「いつもポケットに」がさせるのか、それとも「ショパン」がさせるのか・・・
確かにいえるのは、この漫画を読んで以来、僕にとってショパンとは、
その音楽を聴く前から、また「ピアノの詩人」などという異名を知る前から、
絶対的に詩的でなければならない、と直感していたことだ。

残念ながら小学生の僕には、この漫画が音楽への熱情を掘り出だす、
というような作用はしなかったみたいで、
「お母さん、ぼくピアノやりたい」なんてまさか言い出すことはなかったし、
かえって「音楽って垣根三つ向こう」と境界線を太くしてしまった気もするけど、
詩的感覚については大いに憧れを抱かせてくれたように思う。



ずっと、読み返すことは出来なくても、だけどいつでも心のどこかに潜んでいる・・・・そんな存在だった。

昨日までは。

今日からは、もう少し近くで鳴る、その時々で色彩が変わるカーテン越しの光みたいな、そんな音楽になりそうだ。




追記:きしんちゃん、とはつまりキーシンのことだったのですね。
やっとわかりました。そういう発見も、いまだからこそ。
スポンサーサイト

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL