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ピルグリムキャラバン

今日のライブでは、
いつも一曲目にやっている「ピルグリムキャラバン」を最後にやりました。

深い理由はないんですけど、何故か最後にしたかった。
明日、ついに引っ越しだということが理由になるかもしんない。

この「ピルグリムキャラバン」は、特に狙ったわけではないのだけど、ごく必然的に僕とコテツの関係をなぞったかのような内容になってます。
必然的というのは、僕の他者との接し方のスタンスが、そのままこの曲に出ているので。
そりゃ、いつかはそうなるよな、と作ってる時から、いや、その前から思ってましたし、その事を書いた歌なので。

「ああ、道はつづく。どこまでも。
ねえ、君はゆくの? この先も。
僕もまだ、バスに揺られていたい」

そうやって騙し騙し連れあってきた仲です。
しかしそれが出来たのは、「求めるものが同じところにあるから」という根拠のない期待があった故です。

「ピルグリム」というのは巡礼者という意味で、「キャラバン」とは旅団の事です。
つまり「巡礼旅団」ということです。

歌の中の二人は何を求めて旅をしていたのか、それはわかりませんけど(おそらく本人たちにも)、僕たちにとっては音楽への巡礼でした。

そして歌の中の二人よりも先に、お互い違うバスに乗るようになったのです。

それだけの事です。
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